カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の9件の記事

2016年1月12日 (火)

雪のないお正月:歩きながら、ふと思いながら

年末年始は、山に雪はなく。

娘たちとの雪遊びにも出かけなかった。
コーヒーショップに寄ったり、ぶらぶらと散歩することが多かった。

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こだわってやってることも、単なる道具だと思っていて、結果、何ができるかだと考えている。それで、プロセスが目的ではないことを若い衆に説いているが、プロセスを楽しむも大切な日常であることも確か。

目標を定めようがない場合、良いプロセスを積み重ねるしかないが、そもそもアウトプットを定めようとしていないせいではないか。
目的の実態が分かっていないのではないか?



ネットで既往の考えと照らし合わせてみる。

こんな面倒くさいことに時間を使ってしまうような、のどかな年末年始。

近くの本屋で、適当に本を購入し、常願寺川公園で、ぶらぶら歩きながら読書する。

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日が短いね。

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自分の思考と対比してみる。似たようなことを考えているものである。同じではないけど。

演繹も帰納も少し聞き飽きたが、目的や相手によって上手に使い分ければよい。
日常ってのはごちゃ、混沌。

行ったり来たり(らせん)する暇はないので、同時にやりましょう。
この辺は、いずれまた。

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対岸の牛岳方面に日が沈む。
電気が遠くへ伝わっている。

2016年になりました。

元旦もお正月らしくない良い天気。

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娘たちとお茶をする。パンケーキは3人で。

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立山連峰。軽く、ラン。



1月3日も午後から、散歩。

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富岩運河環水公園から歩き始める。

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中島閘門を過ぎ、一本下流の橋を渡ってから、神通川の河川敷を歩く。

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良き歩道。

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河口から0.0km地点

折り返します。

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富岩運河は地域の憩いの場となっている。





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2015年5月20日 (水)

GWの花と新緑

今年は、4月中旬から良い天気が続きますね。

GW期間中は事情があって山に入れませんでしたが、帰省した娘とブラ旅をして楽しみました。

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よい休日が続きました。

 

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2015年4月12日 (日)

ブラチャリ連荘:ハルですね

その後2週連続で、山に入れず、ブラチャリで休日を楽しむ。
昨年から、アルコールを止めないと、山に入れる体調を維持できないと感じている。
たいていの会合が金曜というのもいやハヤ。

今年は、桜が開花したあと寒気が入り、例年より長く桜の花が楽しめる。

4月4日
いたち川沿いの桜並木。


古い友人たちとの昼食を済ませ、彼らとの15年ほど前のことを思い出す。
大きな責務のもと、いかに前進し、困難を克服して変革をもたらすかに邁進していた。
そのモチベーションは「責任感」で保たれていた。

結局は、子供たちと過ごす時間の多くを失ってしまったけど。

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小さな価値観が支配するなか、あれは徒労だったのだろうか?
たぶん答えはもっと後になってからわかるのだと思う。


4月12日
降水確率は0%。
今日は、県西部へぶらり。

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(常願寺川河口、冬は厳しいロケーションだが、今日は穏やかなハル)

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(目をこらすと能登半島)

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(富山湾岸サイクリングコース、朝日39km、氷見46kmの地点らしい)

剣、毛勝三山、僧ヶ岳、白馬、朝日岳のパノラマを楽しむ。

生地の「清水」をいくつかめぐる。
透明な水路の水は、得難い財産だと思う。


黒部川をこえ、入善漁港。
水橋漁港からここまで、いくつもの漁港、防波堤、
大小の河川があって、海や川とのせめぎ合い。

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(唐突に現れた黒部川扇状地湧水公苑)

沢杉までと思っていたけど、13時になったので、その少し前で引き返す。
これまで真面目に漕ぎ続けたのと、シャリバテでペースが落ちる。

ブラチャリペースに変更。

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(経田駅、ひさしぶりに電話ボックスを発見)

レトロな地鉄の駅巡りも楽しいものです。




魚津の家系ラーメンを食したあとは、気の向くまま・・・。

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(三郷駅の看板は歴史を感じます。タイムスリップ)

地鉄のレトロな駅舎は、
知る限りの古い記憶がそのままにある。
ここまでくると貴重な文化財ですね。




ここしばらく、
ブラチャリの日々である。

悪くはない。

というより、実に良い。

似たような連中も走ってる。


古い施設や、文化、風土に触れながらも、
人々の生き方は着実に変わってきていて、
これまで通りの考えややり方は通用しないということを
どのように伝え、全体をコーディネートするかである。

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2015年3月22日 (日)

今日のブラチャリ:思い出すこと

今日はお昼少し前から、ぶらり旅。
先週と同じく、富山駅へ。
今回は、5489のチケットを回収。
電話番号下4桁を入力するのだが、4桁とはいえ個人情報が丸見えで落ち着かない。

ざっと、駅中を偵察。
限られたスペースに苦労してつめ込んだという感じですね。
工事中ですので、今後に期待。

環水公園のスタバで少々時間をつぶしつつ、端末で何人かに事務連絡を済ます。

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(ゆったりと流れる神通川)


ぶらりと神通川をこえ、
何十年ぶりかで、県営球場、陸上競技場周辺をめぐる。
小学生のころ、炎天下の行進に朦朧となった記憶、
高校の野球部が一回戦で敗退したことなど、
つまらないことを思い出しながら、周遊。
大学の裏手にある自転車道に入る。

たぶん、この自転車道が開通した直後に、小杉方面へサイクリングをした古ーい記憶がある。記憶は楽しいものではなく、つらいものだったと思う。
「県道富山庄川小矢部自転車道線」と言うらしい。

川沿いを走り、やがて呉羽山へと向かう。
そう、子供にとって自転車でのこの山越えは苦難の道のりだったのだ。

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(自転車道は城山(呉羽山)を超えてゆく)

大人になって、今、いい汗をかいているが、子供にはその良さは分からい。

ヒルクライムは途中から歩くことになった。ゼエゼエハアハア。

向こう側へ下る。あっという間である。
梨畑の中を、北上する。花が咲くころにまた来ようと思う。

ぶらぶらと呉羽駅に向かう。
なつかしい駅である。
芸術総合センター。


その後、市街地に戻り、
護国神社、市民プラザのフリーマーケット、城址公園を巡り、改修された県民会館で、絵画を鑑賞する。「富山を描く120景」がテーマ。
雪、山、荒れた海を題材にしたものが多いね。

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(花を植栽するのは良いことですね)



最後は、大喜西町店に。すっかり、昼ご飯を食べるのを忘れていた。
ここは何十年ぶりであろうか?
ボンネットバスで大和百貨店にお出かけし、屋上のプチ遊園地で遊んだあとは、大喜で昼食というパターンだったような???
その後、高校生のころもしばしば喰らう。


しょっぱいのは相変わらずですが、こんなに魚のダシが効いていましたっけ?
酸っぱいイメージがあったのですが、昔の記憶もおぼろげで、自信が無いのが本当です。


先週に続いて、街中ぶらり旅。
寂しくなった中央通りをチャリチャリ。
コンパクトシティーを標榜するのもうなずけます。


しばらく山に入っていないが、まずは会合はほどほどにがテーマですね。

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2015年3月15日 (日)

街なか水辺ぶらり旅

新幹線開通2日目

午後からチャリでぶらり旅に出かけた。

新しくなった富山駅前を横目に通りぬけ、富岩運河環水公園に向かう。
富山駅は、工事が未了でガード下って感じだが、この公園は都会的な雰囲気です。

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中島閘門まで往復、
良いルートです。
自転車をこいでみると、このあたりの標高差があまり無いのがよく分かる。


そのまま、いたち川にそって遡上する。
チャリでなければ、行けないような小道を通りながら、この街を楽しむ。


一時、松川合流地点にいた「鯉」はどこに行ったのだろうか?
水は清流とまでは言わないものの、ずいぶんきれいになったと思う。
ゴミも無い。
地域に大切にされているのだろう。

いたち川沿いには、各所に延命地蔵の水が湧いている。

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泉町の延命地蔵尊の水

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石倉町の延命地蔵尊の水

その後、星井町やら五番町など、狭い路地が交差する富山の街中をめぐった。


新幹線が開通し、駅中心に街が変わろうとしている。
ぶらりと街なかの小道を旅したが、
余裕のない昭和の時代から平成になり、
町並みは混然としているが、
環水公園に集う若者たちや、元気に闊歩する年配の方々を見ると、
着実に新しい時代になり、それぞれが成長し、成熟してきていると思う。

自分はと言えば、熟してはきたものの、反省ばかりの毎日である。


新しい活力、息吹が吹き込まれてくる。
子供たちの新しい未来のために、
どう呼応していくか、
大人たちの力量がいよいよ試される。

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2014年12月31日 (水)

旅先にて、今をふりかえり

何かとバタバタした年であった。
学術会議を開催したり、集まりを企画し、テーマを策定し、時に物申したり、書き記したり。

これまでを振り返りながら、総括し、反省し、認め、今後のあるべきを考え、提案し、行動し、連携、時にやるべき人材にそれをまかせ、締切という時間軸に制限されながらも、今という時に棲んでいる。


先般、出張先で同行の若い技術者と蕎麦そしてお酒を頂戴した。
彼ら彼女らの支えがあっての今である。自分が活かされている。

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頑張っている若い世代に何を残せるのか?



こんなことを考える恵まれた立場にもある。

君らには、本当に感謝しています。

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2014年4月30日 (水)

イチゴパフェそしてコーヒー

さて、ひと月ほど前の写真であるが、
春と言えば、イチゴパフェである。


この季節は、いつの頃からか、娘とこの店でイチゴパフェを食すことになっている。
帰省した娘とお出かけである。

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店のマスコット



身の回りに変化があって、気持ちを新たに「これから」を考えてみる。

結局のところ、存在意義は社会貢献と心は決まってから10年、そしてこれからの10年。



そうこうしているうちに、代掻きが始まり、田植えの季節となってきた。

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田面の風紋

大気は対流しているのだ。
自分はどのような波紋を残せるだろうか?




チャリを漕ぎながら、これからの20年間、この体力、感覚がどのように縮小してゆくのかを考えたりする。

しなやかでありたいと思う。

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ざざっと、査読を済ます。

されど、ここぞの突破力だけは維持したい。



何かとあって山に入れぬ日々ではあるが、山を最優先にしなくなったのは、忙しくはあっても、ある意味気持ちにゆとりができたのではないかと思ったりしている。
とはいえ・・・。

つべこべ言わずに山に入るべし。
ってところでしょうか。

 

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2012年11月13日 (火)

これからの季節:しゅわしゅわ

天候不順

11月に入ってから曇天が続く。低い雲が、みるみる流れ、冬の序曲。

深酒が続いて体調はよろしくない。
こんな時は、山に入って新らしい「気」をチャージせねばなるまいが、休日に晴れれてもらわねばかなわない。冷たい雨はたちが悪い。
そんな訳で、疲れがたまる。

山に入ると疲れがとれるというと、普通の人は理解してくれない。
この歳になると、のんびり体やすめるだけでは、頭の疲れまではとれないのである。



さて、これからの季節、小生の出張のお供は、「しゅわしゅわ風呂の素」である。

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(このほかにも様々、楽しめる)

出張先のホテルのバスタブにお湯を溜め、就寝前、時には起床後にもう一回入れなおして、この「炭酸泉」に浸かるのである。しゅわしゅわ。


体、ぽかぽかに眠れる。疲れもとれる。アルコールも抜けやすい?


深酒をして、遅い時間にホテルへ戻り、そのまま爆睡するのではなく、
せめて、その前に、バスタブにお湯をため、ゆっくろとお湯につかり、その日を、そして毎日を振り返る。

充実した毎日でありたい。



ちなみに、写真のような「お風呂の素パック」は、ビジネス街のコンビニでよく目にする。みんな、気持ちは同じなんだろうなあ。

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2012年11月 2日 (金)

畏れ

自分は、宮田八郎さんのブログを訪れるのを日課にしているが、山を日常としている氏の言葉に気付かさせられることが実に多い。言葉の一つ一つが「山の本当」を伝えてくれる。



穂高岳山荘は、3000mの稜線にあり、もはや厳しい冬の様相を呈している。


外の風雪は、
「もうここは本来人の居るべき所ではないとさえ思えてくる。」
そして、
「「畏れ」をいだくことは大切」
ともいう。

しみじみ。しみじみ。



一方、山での一瞬の情景に、いやおうなく「畏れ」を抱かずにはいられないことがある。

そして、自分を知る。

そのために山に入るのかもしれない。

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